小川 一成

守谷とビルマの知られざる歴史秘話 そのⅠ

守谷とビルマ(現ミャンマー)の知られざる歴史秘話。その1

先日、長谷川市議会議員さんからお会いしたい旨の電話があり、彼の自宅に伺いました。

話の主旨は来たる13日に行われる「ミャンマー大使講演会」の際、大使がお見えになる事を知り、是非お話ししたい事があるので聞いて欲しいとのことでした。

長谷川氏の自宅隣に「寿伝庵」の境内があり、その一角にひときわ大きな供養塔が建立されています。

この碑は長谷川議員の祖父の弟である、長谷川亀太郎氏が初代駐日ビルマ大使、ウ・マウン・ティン氏を偲んで建立したものです。

昭和18年、亀太郎氏はビルマから初代大使として赴任して来た卿の護衛を務め、終戦後もずっと通訳兼ボディガードとして氏に尽くされた。

戦後GHQから出頭を命ぜられたが処刑を察知し、関東一円はもとより、長野、新潟県等を逃げ回り、この間終始付き添い、身の回りの世話をやいたのが長谷川亀太郎翁だった。

つづく

守谷とビルマの知られざる歴史秘話 そのⅠの写真 1

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