阿比留瑠比さんの近況
私は青年の頃、市川房枝さんを尊敬していました。小川一成
阿比留 瑠比さんの近況
だいぶ以前のことですが、国会図書館に行って、婦人運動家の市川房枝氏の「私の国会報告」(昭和52年7月発行第4号)を閲覧、コピーしたことがあります。市川氏といえば、菅直人元首相がまるで「同志」ででもあったかのように、たびたび国会演説などで取り上げてきた人ですが、それではその市川氏は菅氏をどう見ていたのか。市川氏の「私の国会報告」から関連部分を紹介します。
《江田三郎氏(※阿比留注・江田五月法相の父)が主唱した社会市民連合は無所属ではなく政党だが、その市民の側として私の49年の選挙の際、事務長をしてくれた菅直人氏が「参加民主主義をめざす市民の会」の代表として参加し、東京地方区から立候補した。
私は右の会にも関係なく、社会市民連合への参加や立候補について菅氏から何も相談を受けていないし、他の人たちと同様推薦応援はしないことにしている。
菅氏は昨年12月5日の衆議院選挙の際、東京都第7区...から無所属候補として立候補した。この時は立候補を内定してから私の応援を求めて来た。彼等の意図は理解するが、衆議院の無所属は賛成できないので推薦応援はしなかった。然し50万円のカンパと、私の秘書、センターの職員が手伝えるよう配慮し、「自力で闘いなさい」といった。
ところが選挙が始まると、私の名前をいたる所で使い、私の選挙の際カンパをくれた人たちの名簿を持っていたらしく、その人達にカンパや選挙運動への協力を要請強要したらしく、私が主張し、実践してきた理想選挙と大分違っていた。
然し彼等は7万票獲得、大いに意を強くしたであろうが、衆議院で落ちたから参議院に出る、しかも無所属が望ましいのに、社会市民連合という政党に参加したのは賛成しがたい。(中略)
その後彼は代表している「参加民主主義をめざす市民の会」の総会で、「会に相談なく、会が参加しているように誤解させた」ことを責められ、退会したと新聞に出ていたが、それはきわめてまづい。彼の大成のために惜しむ次第である。》
......なんか最近、菅氏と市川氏の関係に言及したコメントを何度かいただいたので、参考までに掲載しておきます。いやあ、若いころからその人格、行動パターンにおいて何もぶれていませんね。たいしてものです。